1つの日本語に2つのフランス語
和訳すれば同じ表現であっても、フランス語での感覚は全く異なる場合があります。
今回のフレーズがその1例で、和訳したフレーズをもとに考えれば、このシリーズでこれまで何度もご紹介した言い方で、別のフランス語に訳すことができます。
ただし今回のフレーズと、もう1つのフランス語訳では、主語が指し示すもの・話し手の視点の両方がまったく異なり、さらには文法上の変化の上でも全く違います。
このフレーズの場所と背景
では、単語に入る前に、今回のフレーズ、「Il a des cornes…」の場所と背景を確認しておきます。
このフレーズは、第2章の後半にあります。
2枚目の挿絵から2行目の会話部分にあり、王子さまのセリフです。
「il a des cornes」
「il」は3人称代名詞単数です。
意味は「彼」「それ」などですが、特に意味を持たない、それ以外の使い方もあります。
「a」は動詞「avoir」の活用形です。
「des」は不定冠詞複数形、「cornes」は「ツノ」を意味する女性名詞「corne」の複数形です。
背景を見てみると
語り手の男性は、とうとう羊の絵を描きましたが、王子さまは気に入りません。
男性の描いた1枚目の絵の羊は病気だと言うので描き直したのですが、また王子さまはダメ出しをします。
2枚目の絵の羊は、そもそも「mouton(羊)」ですらないというのです。
今回のフレーズは、なぜ2枚目の絵が「mouton(羊)」とは言えないのかを、王子さまが説明している部分です。
2種類の動物
ここで言われているのは、男性が「mouton(羊)」として描いた2枚目の絵の動物です。
なので、今回のフレーズにある「il」とは、この2枚目の絵の動物です。
このシリーズの第188回で扱ったフレーズで、この絵に描かれているのは「mouton(羊)」ではなく、「bélier(雄羊)」という動物だと、王子さまが言っています。
「mouton(羊)」と「bélier(雄羊)」の違いについては、第188回を参照してくださいね。
本来の動詞として使われている「avoir」
さて、今回のフレーズにこそ、「mouton(羊)」と「bélier(雄羊)」の視覚的な違いについて言われているのですが、王子さまの指摘はもっともで、大人の雄の羊だからこそ、ツノがあります。
今回のフレーズを直訳すると「彼はツノを持っている」、つまり「彼にはツノがある」ということです。
動詞の「avoir」が「~を持つ」という、本来の動詞としての使い方をされているので、主語の「il」は、前述通り2枚目の絵の動物です。
もう1つの「ある」
…とここまでは、絵の中の存在ながら、絵に描かれているものを動物としてとらえた場合の言い方です。
日本語で「ツノがある」と言いたい場合、フランス語では他の言い方もあると思いませんか?
それは、このシリーズですでに繰り返しご紹介している、「il y a ~」を使った表現です。
「il y a ~」は「ある」「いる」などの意味で、詳細は第30回をご覧ください。
2種類の視点
「ツノがある」をこれを使って言うなら、「Il y a des cornes.」となります。
この場合は、今回のフレーズのように視点が動物そのものにあるわけではなく、「(絵の中に)ツノがある」といったイメージになります。
今回のフレーズが「Il a des cornes.」で「彼(=動物)がツノを持っている」から「ツノがある」という流れなのに対し、「Il y a des cornes.」の場合は「(そこに)ツノが存在している」から「ツノがある」になっているということです。
実在感の有無
何が言いたいのかというと、「il a ~」と「il y a ~」という言い方には、同じ単語が使われているうえに、和訳すると全く同じになってしまう場合があります。
でも、前者つまり今回のフレーズの主語・述語である「il」や「a」には実在感があるのに対し、後者の「il」「a」は形式的で意味はなく、さらにここでは動物の実在にさえこだわりがなく、対象としている「ツノ」がただ単に存在しているということを述べているだけです。
似ているのに文法上の扱いが正反対
そのため、今回のフレーズの「il a ~」の場合は、女性名詞を指すなら「elle a ~」に、複数形の名詞を指すなら「ils ont ~」または「elles ont ~」になります。
けれど「il y a ~」なら、名詞の性や数による変化はないのです。
「il a ~」と「il y a ~」の違いは、見た目には「y」があるかないかだけですし、和訳すると同じになってしまいますが、フランス語での感覚はまったく異なり、別物なのです。
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シリーズ【フランス語版 星の王子さまのフレーズ】は、ポッドキャストでも配信しています。
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