主語なのに目的語に?
今回のフレーズには「歩くと疲れる」と言っている部分があるのですが、主語は「je(わたし)」ではありません。
疲れているのは間違いなく「わたし」であるものの、「わたし」は目的語になっています。
こうした表現こそが、フランス語らしさです。
このフレーズの場所と背景
では、単語に入る前に、今回のフレーズ、「Je suis très vieux, je n’ai pas de place pour un carrosse, et ça me fatigue de marcher.」の場所と背景を確認しておきます。
このフレーズは、第10章の後半にある王様のセリフです。
「je suis très vieux」
「je」は「わたし」、「suis」は「être」の活用形(現在形)、「très」は「とても」、「vieux」は「年老いた」「古い」を意味します。
「je n’ai pas de place pour un carrosse」
「je」は「わたし」、「n’ai」は否定の「ne」の省略形「n’」と「avoir」の活用形(現在形)「ai」が合わさったものです。
「ne ~ pas」は否定表現です。
ここでの「de」は、否定表現の後に来る名詞の前につける、限定の前置詞です。
このタイプの「de」の後に来る名詞には、冠詞をつけません。
「place」は「場所」「空間」「置き場所」「居場所」などの意味の女性名詞です。
「pour」は前置詞で、いろいろな意味を持つのですが、「~のために」「~の理由で」「~にとっては」などが代表的です。
「un」は不定冠詞単数男性形、「carrosse」は「(王族や貴族などが使う豪華な)馬車」という意味の男性名詞です。
「et ça me fatigue de marcher」
「et」は「そして」、「ça」は「あれ」「それ」などの意味の「cela」の話し言葉です。
「me」は1人称代名詞目的格 で「私を」「私に」という意味です。
「fatigue」は「~を疲れさせる」「~をうんざりさせる」などの意味の「fatiguer」の活用形(現在形)です。
「de」は前置詞、「marcher」は「歩く」という意味の動詞の原形です。
背景を見てみると
旅に出た王子さまが最初にやって来たのは、年老いた王様が1人で暮らす小さな星でした。
王子さまを見つけた王様は「家来がやって来た」とばかり、大喜びです。
王様は何にでも命令できるというので、王子さまは太陽に沈むように命じてほしいとお願いするのですが、結局は日没の時間まで待つことになるのだとわかります。
王子さまは退屈なのですぐにでも出発したいのですが、法務大臣にするからと言って引き留められます。
今回のフレーズは、王子さまに「裁く人などいない」と言われた王様の、苦し紛れの言い訳です。
「歩くと疲れる」
さて、冒頭で触れた「歩くと疲れる」と言っている部分とは、最後の「ça me fatigue de marcher」です。
この部分の主語は「ça(あれ/それ)」、目的語は「me(私を/私に)」になっています。
ただし主語の「ça(あれ/それ)」は形式的な主語で、「ça」が指しているのは「de marcher」の部分です。
「de marcher」の「de」は前置詞ですが、「de +(動詞の原形)」という形で名詞のように使われる場合があるのです。
つまりここでの「de marcher」は、「歩くこと」という意味になります。
「ça」=「de marcher(歩くこと)」なのです。
フランス語的な考え方
そして「fatiguer」には「~をうんざりさせる」という意味もありますが、ここでは「~を疲れさせる」として使われています。
要するに「歩くことはわたしを疲れさせる」というのが直訳で、意味は「歩くと疲れる」ということです。
「わたしを疲れさせる」という言い方が、フランス語らしさが出ている部分ですね。
「~すると」の例文
この「ça me ~ de +(動詞の原形)」という形は、「~」の部分に他の動詞を入れたものもあります。
- Ça m’ennuie de travailler.
(働くのはうんざりだ)
- Ça me déprime de rester enfermé à cause de la pluie.
(雨のせいで閉じこもってゆううつだ)
実質的な主語を変えると…
なお「ça me ~ de +(動詞の原形)」の実質的な主語は、目的語である「me」なので、この形で表現するのは「わたし」についてのみです。
「me」の部分を他の人称代名詞目的格にすることで、他の人のことも言えるようになります。
- Ça le fatigue de marcher.
(彼は歩くと疲れる)
- Ça fatigue Paul de marcher.
(ポールは歩くと疲れる)
- Ça nous déprime de rester enfermé.
(私たちは閉じこもってゆううつだ)
実質的な主語を変える場合の注意点
ところで、このタイプのフレーズの実質的な主語ですが、文法上は直接目的語です。
「me(私を/私に)」「nous(私たちを/私たちに)」などは、直接目的と間接目的の形が同じなので、あまり意識しなくてすみます。
でも3人称の目的格は、直接目的と間接目的の形が違うので、注意が必要です。
- Ça le fatigue de marcher.
(彼は歩くと疲れる)
→間接目的の「lui」は使えない
また、先ほどの「ポールは歩くと疲れる」のように、代名詞ではない場合は語順が変わります。
「ça ~(名まえ) de +(動詞の原形)」になります。
- Ça fatigue Paul de marcher.
(ポールは歩くと疲れる)
このフレーズの意味
最後に、今回のフレーズの他の部分の意味も見ておきます。
「Je suis très vieux」で「私はとても年をとっている」
「je n’ai pas de place pour un carrosse」の「carrosse」とは、前述通り「(王族や貴族などが使う豪華な)馬車」という意味です。
「je n’ai pas de place」という言い方は「わたしには場所がない」ということなので、この部分は大きな馬車を置くような場所がないということですね。
「et ça me fatigue de marcher」で「そして歩くと疲れる」です。
王様はこのフレーズの直前で「まだ自分の星を一周していない」と言っていて、今回のフレーズはその言い訳です。
王様の星は、豪華な馬車どころか、王子さまが座る場所さえないほど小さいのですから、本当にこっけいな言い訳です。
漫才の掛け合いさながらの会話は、まだしばらく続きます。
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